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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)9953号 判決

理由

一  請求原因第一項記載の事実は、当事者間に争いがない。

二  同第二項について

鈴森が破産会社の常務取締役であり、石場が同社の従業員であつたことは、当事者間に争いがない。

《証拠》によれば、原告は明治物産に対し、昭和四二年六月二〇日から同年一二月一二日までの間に合計金二七三九万三〇七六円相当の商品を売り渡したことが認められる。

原告は、昭和四二年六月頃、破産会社代表者常務取締役鈴森及び同社代理人石場が原告に対し、明治物産と原告との継続的取引によつて生ずる明治物産の原告に対する一切の債務を破産会社が連帯保証する旨約したと主張し、《証拠》には右主張に沿う部分があるけれども、もしも右主張のような保証契約が締結されたとすれば、これを妨げるべき特段の事情のないかぎり当然契約書が作成されてしかるべきであり、まして本件においては、《証拠》によると原告と明治物産との間の取引期間中に原告の求めにより破産会社と明治物産との間の取引証明書(甲第四号証)まで破産会社によつて作成されている事実が認められるのに、保証契約書ないしそれに代わるべき書類が存しないことに徴すると、保証契約の成立は、前掲各証拠によつてはたやすく肯認しがたいところであり、むしろ以下に認定判示するとおり、原告と明治物産との間の右取引は、破産会社が明治物産の経営を管理し、資金的援助をする体勢をとつていたことから、あえて破産会社を連帯保証人としなくとも、明治物産による代金の支払が期待しうるものと原告が判断したことにより始められたものと認めるのを相当とする。

すなわち、《証拠》を総合すると、次のような事実が認められる。

明治物産は、寝具類及び雑貨の卸小売販売を業としていたものであるが、昭和四一年五月頃からアサヒ製作所より寝具類を仕入れることとなり、その後同製作所の寝具関係の部門が分離独立して破産会社となつたので、同社と従前どおりの取引をすることとなつた。ところで、明治物産は昭和四一年六月頃水害により被災し、さらに同年九月頃受取手形に不渡が出たこと等により経営に行詰まりを生じ、破産会社に対し膨大な債務を負担することとなつた。そこで破産会社は、同四二年一月頃明治物産の経理を監査した結果、明治物産に対し資金的援助をするとともにその経営を管理することとし、同年六月頃破産会社から明治物産に派遣された石場が、同社の代表者印、小切手帳、手形帳を預かり、明治物産代表者仲条と相談のうえ鈴森の指示を仰いで支払手形の期日を定めて振り出し、その支払のための資金に不足を生じたときは破産会社から援助を受ける等、明治物産の仕入、支払等の経営の管理に携わつた。同月頃、明治物産は原告に対し取引開始の申込みをなしたところ、原告は明治物産とは過去に取引関係がないためその支払能力を危惧して信用調査を依頼したが、その回答が思わしくなかつたので右申込みを拒否した。そこで仲条は破産会社に対し、原告を説得してほしい旨の依頼をなし、破産会社監査役丸山、鈴森及び石場らが原告代表者白井に対し、明治物産は破産会社の管理下にあること、明治物産自体は信用がないが、その支払資金は破産会社が援助しているから支払能力には心配がない旨説明したところ、これに加えて、白井は破産会社の連帯保証を求めたが、破産会社側は右要求を拒否して、連帯保証をするまでもなく前記説明の事情によつて明治物産の信用は充分であると答え、白井もこの程度で了承し、ここに原告と明治物産との間の取引開始の合意が成立した。そして前記認定判示のとおり、昭和四二年六月二〇日から同年一二月一二日までの間に合計金二七三九万三〇七六円相当の商品が原告から明治物産に売り渡された。原告代表者白井は、明治物産との取引を開始して後も鈴森に対し、再三明治物産が原告宛に振り出す手形に破産会社の裏書をしてほしい旨を申し入れたが、鈴森はこの要求に応じなかつた。

以上の事実を認めることができ、《証拠》中右認定に反する部分は措信しがたく、他に右認定を左右すべき証拠は存しないところであつて、これを要するに、原告と明治物産との間の取引は、破産会社が明治物産の経営を管理し、その資金的援助をする体勢をとつていたことを信用の基礎として開始されたものというべく、原告の主張するように破産会社が原告に対して明治物産の原告に対する支払を保証したことに基づいて開始されたものとは認めることができない。

したがつて、その余の点について判断するまでもなく、原告が明治物産に対して売買代金債権を有するとしても、これを破産会社が支払うべき理由はない。

三  同第三項について

《証拠》を総合すると、原告は昭和四二年一二月二日ころ、石場から、売買代金二五二万五〇〇〇円のうち金八〇万円を頭金として現金で支払い、残代金については明治物産振出の手形に破産会社が裏書して支払うからテレビ五〇台を売つてほしい旨の注文を受けてこれを承諾し、同月二日から六日までの間に石場にテレビ五〇台を引き渡し、石場は右テレビを破産会社に直送したこと、そして右日時ころ原告は石場から売買代金の内金として運送賃金五万円を差し引いた金七五万円を受領し、その後残代金として仲条から破産会社の裏書のない明治物産振出の手形三通(額面合計金一七七万五〇〇〇円)を交付されたが、明治物産の倒産によりいまだ支払がなされていないことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、前叙のとおり石場は破産会社の社員であるが、明治物産の経営管理に携わり明治物産と原告間の取引に関与していたこともあつて、右売買の買主が破産会社あるいは明治物産のいずれであるか当事者間に争いがあるので、この点について判断する。

《証拠》によれば、破産会社は、昭和四二年九月末日ころまでに前記認定の目的のもとに明治物産に派遣した石場の任務を解いて明治物産から引き上げさせ、明治物産の経営の管理を打ち切つたこと、したがつて右売買は経営管理打ち切り後に締結されたものであること、石場は、破産会社の常務取締役で営業担当の鈴森からテレビ五〇台の仕入れを指示され、破産会社の従業員の立場で、明治物産の代表者や社員を伴わずに右売買の申込をなしており、石場が原告に売買代金の頭金として持参した現金は破産会社から支払われたものであり、また仲条は、明治物産の破産会社に対する借入金債務の一部を決済するため、破産会社の指示によつて前記手形を原告に交付したものであること、一方、原告は右売買にあたつて、破産会社がすでに明治物産に同社の手形、小切手、印鑑を返還してその経営管理を打ち切つて石場を引き上げさせていた事情を熟知していて、右売買は破産会社を買主とするものとして処理していることがそれぞれ認められ、《証拠》中右認定に反する部分はたやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実を総合すれば、石場は、破産会社の代理人として原告との間で右売買契約を締結したものと認められ、したがつて、右売買の買主は明治物産ではなく、破産会社であると認められることとなる。

そうだとすれば、破産会社は原告に対し、右売買の残代金一七七万五〇〇〇円を支払う債務を負うものである。

四  同第四項について

破産会社が明治物産に対する債権を回収するため明治物産の経営を管理するに至つた事情、鈴森及び石場の関与による原告と明治物産間の本件取引契約の締結に至る経緯並びに本件取引契約に基づく商品の納入及びその代金については前記第二項で認定したとおりであり、《証拠》を総合すれば、明治物産に対する破産会社の経営管理が打ち切られたのち、明治物産は昭和四二年一二月二五日倒産するに至り、そのため原告は本件取引による代金のうち約金二五〇〇万円の支払を受けられず右代金債権の回収が不能となつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そこで、原告の主張する不法行為の成否について判断する。

前記第二項において認定した事実によると、破産会社は、社員の石場を明治物産に出向せしめ、破産会社の管理のもとで営業を継続させることにより、明治物産に対する破産会社の膨大な不良債権回収の目的を達することを企図し、その過程において、明治物産が原告との間の取引を持つことを積極的に支援する態度をとつたものであることは明らかである。

しかし、《証拠》を総合すると、破産会社が明治物産の経営を管理中、明治物産の取引は日晋印刷等との間にも行なわれ、原告との取引のみに限定されていたものではないこと、石場は商品の仕入先について関知していたが、その商品の販売先については、明治物産の代表者仲条が自ら商品の販売、代金の回収に携わつていたため、全然知らされず、売却代金の管理もできなかつたこと、また、商品の売却代金は青森銀行古川支店の明治物産の口座に振り込まれることになつていたが、厳格には実行されていなかつたこと、そして右代金は明治物産の破産会社に対する債務の支払のためにのみ使用されたものでなく、明治物産が他の仕入先に対してなす支払のための資金として預金されたものもあり、特に原告から仕入れた商品の売却代金は右銀行に入金され、原告と明治物産の取引の決済にあてられたこと、そして明治物産の決済資金に不足を生じたときは破産会社から資金援助をした事実もあること、ところが、仲条は明治物産の資金関係及び商品の売却代金については青森銀行古川支店の口座を通じて処理されるべきことを前提として同銀行の小切手帳、手形帳を石場に交付していたにもかかわらず、他銀行の取引手形を振り出し、この事実が破産会社の鈴森、石場に判明したため、仲条に対する不信感が生じ、鈴森は、このような状態では明治物産の経営を管理することはできないものと判断した結果、石場に保管させていた約束手形、小切手、印鑑等を仲条に返還して、明治物産の経営管理を打ち切り、石場の任務を解いて引き上げさせたこと、その間直接右経営管理によつては破産会社の明治物産に対する債権額はほとんど変らず、経営管理による債権回収の目的を達することはできなかつたこと、原告と明治物産間の本件取引において石場が明治物産名義で原告宛に振り出した約束手形のうち満期が昭和四二年一一月までの手形については支払がなされたが、その後、破産会社の管理打切りに伴い資金的援助も期待することができなくなつたため明治物産が倒産するに至り、右代金の支払もなしえなくなつたことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、以上認定のような破産会社による経営管理の実情と仲条のとつた非協力的態度及びそのため破産会社においては経営管理の実が上がらず、債権回収の目的をほとんど達しないまま、やむなく右管理を打ち切り、その後明治物産が倒産した経緯に照らすと、鈴森や石場が仲条と共謀して明治物産の倒産による支払不能を予定した取引行為により原告から商品を騙取したものとは到底認めがたいし、鈴森、石場の目ろみに沿つた原告との取引の継続が当然明治物産の倒産という事態を招いて原告に支払不能による損害を被らしめる帰結に至るべきことを、鈴森や石場において予見していたとも、これを予見しうべき事情にあつたとも認めることはできない(ちなみに前掲各証拠によれば、両名が短期間に多額の債権の回収を強行し、そのためには明治物産の倒産も辞さない意図を持つていたとは認められない。)。してみると、鈴森や石場が原告と明治物産との間の取引を推進したことが経営管理による債権回収の意図に出たものであると認められることは前叙のとおりであるとはいえ、それが債権回収のための行為として社会的に容認されるべき域を越え、原告の主張するように不法行為を構成するものということはできない。

《証拠》により真正に成立したと認められる甲第四号証は、《証拠》によると、原告と明治物産との取引の中途で原告の要請により作成されたものであることが明らかであるから、原告の主張するような不法行為認定の根拠たりうべきものではない。そして、他に原告主張の不法行為の成立を認めさせるに足りる証拠はない。

よつて、その余の判断をするまでもなく、鈴森、石場の不法行為を原因とする原告の破産会社に対する損害賠償請求は理由がない。

五  請求原因第五項の事実については当事者間に争いがない。

六  よつて、原告の本訴請求は、主文第一項掲記の限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却

(裁判長裁判官 横山長 裁判官 山本矩夫 小嶋典子)

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